ちょっと人の価値観について・・・

私はギターが好きで中学生のときに出会ってからずーーーと恋しています。(笑)
暇があるとギターを弾きたくなります。

先日、高校時代からの親友の家で飲んだ時に、もちろんギターを抱えたまま飲んでいるのですが、何か曲がかかるとその曲に合わせて自然に弾こうとします。

私にとっては別に特別なことじゃなく自然なのですが、親友達のなかの一人が「永吾は本当にギターが好きやな、そして音を探すのが好きなんだな!」と言いました。

そのとき、はっと気づきました。
自分にとっては自然で心地いい仕草も他人にはそうでもなく、その他人にはまた違った好きな世界があるということです。

この画像を見てください。
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その辺の楽器屋に行けば100円で売っているようなピックです。
アコースティック用のちょっと硬めの普通のピックです。

しかし、これを誰かが「くれ!」と言ったらちょっとためらいます。
他人にはたった100円のピックでも、私には愛着があり価値があるのです。
よっぽど大切な人にしかあげられないでしょう。

ピックは弾けば弾くほど塗装がはがれて見た目には、ボロボロになりますが、それが逆に愛おしく感じます。
弾きやすいピックほど弾きこむので古くなり塗装がはげてボロボロになります。
でも弾きやすいので大切に弾きまくります。

私の考え方に「道具は大切に使いまくることで生きるのだ」というものがあります。

なので、ほとんどピックを人にやったことがありません。(笑)

そう言えば、以前にも100万ぐらいの価値があると言われて親父からもらった日本刀を骨董が好きな友人に「これ、もらってほしい」とあげたことがあります。
katana

彼は、「気が狂ったのですか?」と私に言いましたが、私は至って正気で、骨董品にはまったく興味が無く私よりこの日本刀を大切にしてくれる人の下に行くほうが刀にとっても幸せだと感じたからです。

と、言うことは、私には100万円の日本刀より100円のピックの方が価値があるということになります。

不思議ですよね~。

まあ、人間は人それぞれ好みも違い価値観も違うので世の中がバランスよく成り立っているのだと思います。

すべての人が同じものが好きで同じ人が好きだとすると、なんとつまらない世の中でしょう

なので、いいのだ!自分が好きなことは自分だけが好きで自分だけが価値をを感じたらそれでいいのです。(笑)