今日はプレゼントに付いて私の考えを少し書いてみたいと思います。

先日のブログでも書きましたが、ちょっと前に私が持っていた日本刀を友人にプレゼントしました。
とても喜んでもらえてよかった!という話ですが、この話には深い思いがあります。

そこの部分だけを切り取って聞くと、せかっく親父から譲り受けた家宝のような高価なものを、ポイっと友達にあげちゃうなんて馬鹿じゃない?と思いますよね?

私がその立場でも、別にあげなくても売ればいいんちゃう?と思うと思います。

そうです、その日本刀は価値にすると?百万円以上のものになります。

そんなことは持っていた私が一番わかっています。

それでも、あげたかったのです。

そこには、深い~話しがあるのです。(笑)

私は、以前お世話になった岩城運輸という会社で岩城社長に育てられ、順調に出世して23歳で本社営業所の所長になり、5年後の28歳の時には株を持ち専務取締役にしていただきました。

その頃、自分は自信過剰で自分の力でその地位に這い上がったと思っていましたが、それは大きな錯覚だったのです。

25か26歳の頃、岩城社長に言ったことがあります。「俺は、自分で会社を設立したいんです。すでに部下もたくさんいるし、自分でもそれなりに力がついたと思っています!」と。

今振り返ると、お子ちゃまがよくもそんなことを言ったもんだ!と笑って思い出せますが、そのときは本気で思っていたのです。

そのときに岩城社長は言いました。「そうか、俺が育てた社員でそんな事言ってきたのはお前が初めてや、ありがとう。嬉しいよ!」「お前の意思はよく伝わった。それならその方向で俺も考えていく、ガッツも社員をまとめる力も十分ある、ただ、経営のことをまったく分かってないから、これから会社経営を教えるよ!」と言ってくれて、それからいろんなことを教えて頂きました。

その後、33歳のときに本当の意味で自分に自信が持てたときに再び岩城社長に言いました。
「小さい会社でもいい、自分で会社を経営したいので、ここを辞めさせてください!」と。

そのときに、岩城社長はいいました。

「分かった、お前ならできるよ!」と一言言った後に、こんなことを言ったのです。
「何も無いところから会社を立ち上げるのは本当に大変やから、うちの仕事の一つ好きなものとお前が気に入っている部下とトラックを一台もってけ、俺からのプレゼントや!」と。

そのとき、世間知らずの若者の私は、「いいえ、要りません。何も無いところから自分ひとりで挑戦したいので、お断りします」といいました。

本当の思いやりを理解していなかったのです。

そして、岩城運輸を円満退社して、天白永吾の新しい人生がスタートしたのでした。

ここまでは、「格好いいじゃん、なかなかの武勇伝じゃん」という話ですが、ところが、その後、たくさんのシーンで逆境にたたされます。

今は、会社法が変わったので、資本金制度は廃止され1円でも株式会社が設立できますが、私が会社を設立しようとしたときは、有限でも運送会社の場合、800万以上の資本金が必要でした。

岩城運輸をやめたときの退職金や株を売却して得たお金だけでは全然たりなくて、まだ俺には資金力(持っている金ではなく、集める力)が無いから無理かも?と挫折していたときに、思い切って彼に相談しました。

私の会社は資本金850万で設立しようと準備していましたが、ちょうど300万円不足していてそれを正直に伝えました。
すると彼は、即答してくれました。

「分かりました、僕が何とか用意しますよ!だから頑張ってください!」と言って、後日、私の口座に300万振り込んでくれました。

後で聞いたの話ですが、彼は自分の貯金じゃなく、私のために銀行に掛け合って借金してくれたのです。
信じられますか? そんなこと。あなたできますか?

お礼の電話をした後、涙が止まりませんでした。
今でも、当時の会話を思い出すと涙がにじみます。

これは、私の人生の中で一番嬉しかった話です。

今でもこれを越える衝撃的な出来事はありません。

今、私がこうやってテンパークを設立できて10年以上経営できているのは彼のおかげなんです。

まだまだ甘い私を救ってくれたある意味命の恩人とずっと思っています。

なので、刀ぐらい平気であげられるのです。

私にとっては?百万の刀より価値がある出来事が背景にあるのです。

だから、プレゼントは、本当はもらう人よりあげる人の方が嬉しいと思います。

あげたい気持ちが受け入れられた瞬間だからです。

本当にそんな刀持っていたの?と思われるとしゃくなので、最後に撮影しておきました。(笑)